2016年12月24日土曜日

インナーワールド

風邪。昨日よりも随分と楽になり、ようやく先が見えてきた感がある。

寝ても寝ても寝られるのでかなり驚いている。そして最近の筋トレとランがある程度意味があると実感。というのは、数年前まではひどい腰痛持ちで、6時間くらいベッドで横になると腰に違和感があり、調子が悪くても眠り続けることはできなかった。おそらく、エクササイズをしていなければもっと体力がなく、したがって回復にも時間がかかり、そして腰痛が始まり、結果、さらに動くのが億劫になる、という悪循環になっていただろう。今後、より規則正しいエクササイズを継続していくのを痛感。

2日間、甘いものを食べ(エネルギーを付けるため)ひたすら寝ていたので体重が増えていたのを予想していたけれど、今朝計ると3ポンド減っていたのであった。それだけ免疫系が闘っていたということである。ここでも、規則正しい生活とバランスのとれた食事を日常的に行っていることの大事さを認識。

つまり、もう若くないのである。が、若くないから色々とあきらめる必要はなく、若くないから日ごろから準備をしておけば良いのである。95歳まで生きてしまうのか、95歳まで生きられるのか、その違いは大きい。人生の残り数十年を体調が悪い日々とそれをカバーするための薬漬けで過ごすのか、毎日たっぷりと時間をかけて自身のコンディションを整え、仕事をして、食べたいものを食べ、やりたいことをして過ごすのか。

ここ数日間、夢をたくさん見た。多くは、職探しと研究が入り混じった内容で、あまり快適ではなかった。つまり、これらが私が今抱えている大きな問題で、脳がそれぞれの課題を整理しようとしているのだと思う。あまり快適ではなかった、ことに驚いている。感覚としては、心のなかにいるモンスターの断片を見たようなもので、自分の汚い認めたくないことが分類されている棚に、夢の原因が収納されている感じ。

部屋の電気を消し、ベッドに入り、目を閉じると、認識できるのは暗闇の中に広がる自分の世界だけである。外部の世界以外にも、内部の世界があることに気づく。私が今回の奇妙な夢を見続けて思ったのは、「オレはもっと自分のインナーワールドに注意を払って、そこにあるものを整理しておかないとダメだな」ということであった。目をつぶって暗闇の世界に慣れてくると、自分の思考や経験や自らの物語の断片が浮遊していることに気づく。それらは整理されないまま乱雑に漂っており、古いのも新しいのも同じレベルで存在している。これらの1つ1つとキチンと対処できているかどうかは、人生を理解する際に大きな違いを生み出すと思う。95歳まで充実して生きるのならば、我々は、経済力や体力という外部に属するファクターに加えて、心の状態(内部)についても理解しておく必要があるだろう。

渡米して10年間。アメリカ生活と子育てと研究生活に追われていた。良いことも悪いこともたくさん経験した。10年間、毎日ひいひい言いながらここまで来た。結果は大したものではないけれど、それでも今いる場所が自分の到達点である。そして、この間、自分の内面世界を見つめなおして、自分が何者であるかを問い直す時間が少なかったと思う。否、自分ではそういう作業をしてきたつもりだったけれど(このブログでもショボショボ書いてきたように)、おそらくそれは「外部世界」から見た「自分」を分析してきただけなのではないか、と思うのである。

自分は何をしたら満足するのだろうか、と辛い夢をみながら思った。今回の「風邪」はこういうことを考える良い機会になり、さらに穿って考えれば、そういう機会を与えられたのかもしれない、と思ったりもする。

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