2016年8月3日水曜日

アメリカの大学受験ーカレッジツアー

今日は休みを取り、娘の志望校の見学。高速で2時間かかるところにある某都市に行く。時速80マイルで2時間だから250キロくらい離れたところだ。到着して、すでにヘロヘロの自分。

驚いたことに、大学があるエリアはそこそこ栄えていて、街並みは綺麗、すれ違う人々もどことなく余裕があり(太っている人が少なかった)、レストランでもショップでも皆良い雰囲気だった。

午後から大学主催のカレッジツアーに参加。美大系の学校なのだけれど、設備はとても充実しており、カリキュラムも丁寧に組まれている様子。売店の子にさりげなく「この学校どう?」と聞くと「オーサム!娘さんもくるべきよ」と言われ、すれ違う学生もなんとなくポジティブであった。

どうやらこの学校は正解らしいぞ、と少し嬉しくなった。

ツアーの後、受験担当のファカルティとアポをとっておいた。親は外で待つように言われて、娘は自分の作品を抱えて担当氏と一対一の面接。その間、待合室に置かれておある雑誌をペラペラみると、この街はアート系の学校や美術館が多く、年に1度大きなアートフェスティバルがあることを知る。また、近年医療系の施設が多く建設されており、大学所属の研究所が2つ、プライベート系のがん研究所が1つ、そして複合的な医療センター、等が街の中心産業になりつつあるらしい。つまりかなり裕福なエリアで、そこに学生が集まり、活気が出て、というサイクルに入りつつらしい。だから雰囲気が良いのね。

しばらくして担当氏に呼ばれ、3者面談になる。「娘は数か月後にアプリケーションを出すつもりだけれ、もしリジェクトされた場合は再挑戦できるのか?」と聞くと「この子の成績とアートのレベルだと、リジェクトされないと思います。それよりも、もう少しアートのレベルを上げて奨学金を狙うことを考えたほうが良いと思う」と言われて「???」となる。「これが私のビジネスカードです。もし何かあれば、メールでも携帯でもどちらでも良いのでコンタクトしてきてください」と言われる。

どうやらこのまま頑張れば娘はこの大学で学ぶことができるのだ、と知り、不思議な気分になる。なーんにも無いところから父娘でアメリカに来て、方向性を探り、方向性を絞り、金銭面や性格や才能に基づいて大学を検討し、どうやらここならどうにかなるかもと志望校を絞り、作品をコツコツと積み上げ、SATを受けて、GPAのぎりぎりセーフのラインをキープし、2時間かけてヘロヘロになりながらたどり着いた学校は想像以上に良い街にある期待以上に良い学校で、そこで前向きの評価をもらえたのである。10年間、アメリカで頑張ってきて良かったよ。親としての務めをなんとかクリアーできたと思う(思いたい)。

突然気が抜けて疲れが押し寄せてくる。大学を出て、近くのマーケットでコーラを買い(ここの店も雰囲気が良かった)、気合を入れて通勤ラッシュの高速で2時間かけて帰宅。くたびれた。

自分の人生は何なのだろうか、と思う。運がある人生だとはあまり思えない。努力は報われるのだよ、とは思えない。良い流れに乗っている、とも思えない。が、親として考えて行動したことはそれなりの結果を生んでいるような気がする。ああ、つまり企画力はあるけれど実行力がないということか。娘は実行力があるので、良い結果がでるのかな。つまりそれが私自身の限界なんだろうな。

ああいう街でああいう大学で好きなことを4年間フルに勉強で来たらその後の人生はとても充実したものになるだろうな、と思った。自分の娘がそういう時間を過ごすことができたらこれほど嬉しいことはない。そしてそのあと、彼女が好きなことを仕事にしてそこで納得のできる作品を世に出すことができたら、どんなに素晴らしいことだろうか。

人生はそういうものなのだろうな、と思う。私の時間は私だけのものではなくて、子供のものでもあり、その次の世代のものでもある。私自身がうまくいかなくても、私が過ごした時間が無駄になるわけではない。次の世代、次の次の世代、のために今私は必死で頑張らないと。この国に10年しがみついてきて、ようやく芽が出始めているのだ。ファーストジェネレーションとしてまだまだ頑張らないと。

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