2016年9月21日水曜日

挑戦するということ

というわけで実験を本格的に再開。朝、8時からスタート。張り切って色々としていて、10時にミスに気づき凹む。まあ、一応コントロールも取ってあるので何かしらの結果は得ることができると思うけれど、「調子に乗ってミスをする」というおなじみのパターンにウンザリ。結局、50年近く生きていてもイマイチさは変わらないということか。

午後は別の実験。午前中のミスでテンションが下がりやるき無しモードではあったが、その分丁寧な作業ができた。明日の朝に観察予定。

公募の準備を進める。とりあえずアプライする予定の学部の情報を細かく見る。募集要項は微妙に違っていて、同じ細胞生物系でも「神経」、「癌」、「構造」、「学生のメンターをしつつ」等々、違いがある。それを探っている。

各大学を見ていると、若い日本人ファカルティをチラホラと見つける。この人たちの業績を調べると、大体、こちらに来て5年でそれなりの論文2-3報(総インパクトファクター20から30くらい)。業績的には私のアプリケーションもそれほど劣っているとは思わないのだけれど、やはり時間が経ちすぎかもなぁ、と遠い目になる。まあ、やるしかないけれどさ。。。

でも、挑戦とはそういうものかもしれない。「ある程度何とかなるでしょう」というモノに対しては挑戦のし甲斐はないだろう。「お前の実力では到底無理」というものに立ち向かうことができるのはエキサイティングだ。つまり、今あなたが苦労して疲弊してどんよりしているとすれば、それはつまり、自分にとっては大きすぎる何かに向かい合っているということであり、安寧の日々を選ばなかったということだ。たくさんの不安と少しの歓喜がある日々がもしかしたら一番幸せなのかもしれない。と、自分に言い聞かせる。

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