今日は諸事情によりムスメノブカツはお休み、なので寝坊できた。
私の娘は、こちらにいる多くの日本人家族の子のようにスポーツもお稽古も勉強も課外活動も遊びもできて友達多くて有名どころの大学に行き将来は医学部かロースクールに行く、という子供ではなくて、社交性はあまりなくアートが好きな典型的なインドア派あるいはオタクである。アメリカでの父娘の生活が彼女の人格形成に影響を与えているかもしれないけれど。ということで、所謂「成功者」の子供ではない娘だけれど、親孝行であり家族思いである。家族思い、というのは祖父母や叔父や母親に優しい態度を取れ、お世話になった近所のおじさんやおばさんについても思いを馳せていたりする。私が「そういうのって、めんどくさくね?」というと嫌な顔をする。こういうところは私を反面教師にしているのだろうな。日本で見かける「優しい」女子高生だったりする。で、こういう性格と性質の子は昨今の競争社会特にアメリカ社会ではとても大変だろうなと思ったりして、親として心配するのである。
などということを考えて、数日前に意味不明なブログを書いた。最近の日本、そしてアメリカ社会、のような「勝者がすべてである、勝者が正義であり、勝者のみが尊敬され、勝つためにはパワーが必要であり、金がパワーであり、パワーが金を生む」というシステムでは「優しい」という要素は何も意味がない。繰り返すと、優しいということは何も意味がない。「優しく振舞う」ことは作戦の1つとして意味がある、が、「優しく振舞う」ことがパワーにつながらなければ意味がない。そういう社会。
私はもう色々なことを経験して面の皮も厚くなり、タフではないけれどタフに振舞う術を身に着けて、そしてこういう社会に幻滅しつつもどうにかして自分のやりたいこととやるべきことを成し遂げようをもがいているけれど、私が味わった理不尽な出来事を娘にも体験させたいとは思わない。が、そういう過程を経ないとこの社会でやっていけないのだろうな、とも思って、悲しくなるのである。
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