途中でドーナツを購入。
ここの店のドーナツは日に日に質が落ちてくる。アメリカで住んでいると日に日に質が落ちるという経験が多々ある。職人、が評価されない社会なので、真面目にコツコツと働いて納得できるクオリティを維持するのがバカバカしくなるんだろうなぁ、と思う。チェーン店やファーストフードにおいては厨房にはバイトしかいないわけで、当然皆タラタラ作業していて、「真心がこもった料理をお届けします」なんてことはあり得ない。マニュアル化された手順をタラタラとたどって行きついたモノが料理として出てくる。日本に旅行したことがあるアメリカ人は大概「日本のマクダァーナルドはアメリカのよりもはるかに美味いけれど何故だ?」みたいなことを言う。日本は凄い!、なんてことを書くつもりはないけれど、職人気質が認めらえるのが日本文化の良いところであり、でもそういう風潮もあと10年もしたら無くなるかもしれないな。
ラボに着いて、少し実験。明日の準備。その後、某ファカルティに言われたレターの下書きに着手。グーグルを頻繁に用いて言い回しを確認する。なんか、結構良さげな内容になったと思う。某ファカルティに送信。その後、某東部の有名大学にアプリケーションを送る。こういうところのいければウッハウッハ言えるのだけれど業績的に経歴的に英語的に無理だろうなぁ。
そしていつものように日曜の午後にだーれもいない館内で独り作業をしていると冷たくて黒い虚無的なからっぽの感情が心を占めてくる。世界の端っこのギリギリのところで誰にも見向きもされずに独りでアホみたいに動き待っている自分がイメージされるのである。上手にふるまっても格好良く決めても無様に失敗しても誰も私がそこにいることに気づきもしないのだ。皆、世界の中心に顔を向けていて、そして笑っている。誰も見ていなのだから、少し変な顔をしてみる、くしゃくしゃの顔をしてひょうきんにふるまってみる。誰も気づかない。そうか、誰も私がここにいるのを知らないし、知る気もないし、今後も知ることがないのか、と思う。だったらせめて好きなことだけをこれからもしていこうかな。
と、いう感情が私の心の奥の方にはいつもあり、今日もそれを味わったのである。まあ、でも、成功したいからまだまだ頑張るけれど。というか、死ぬまで頑張るけれど。
0 件のコメント:
コメントを投稿