朝から体調良くなくトイレに行きゲーリークーパーなスタート。
調子良くなくてもやることはやらなければいけないので、正露丸を飲んで、頑張って色々とこなしてラボへ。
デキャフを購入して、新しいバイトが不機嫌そうにレジをしているのにガッカリする。
自分のサンプルを共同研究者のサンプルをウエスタン。
ゲーリークーパーのために頻繁にトイレに行き、廊下で某ファカルティとすれ違う。
彼女と私は同じくらいの年齢で、学位取得後数年の経歴はほぼ同じ。同じようなラボで同じような研究テーマで同じような業績。彼女はここのファカルティになり、同じ時期に私はアメリカでポスドクスタート。つまり、学位取得数年後から大ききコースが逸れていくのである。彼女はこの学部の中心メンバーでバリバリ仕事をしていて、学生やポスドクの指導をもガシガシしている。私はいまだに10年前とおなじ外国人ポスドクのままである。
随分と差がついたものだ、とゲーリークーパーな私は落ち込む気力もなく淡々と事実について考える。なんでこんなに違うのか、と考えると、おそらく「日本からアメリカに来て」且つ「一人親で子育てをしながら」研究をしているからだろうな、と思う。が、さらに考えると、こういう思考をしてしまうとどこまでいってもエクスキューズが終わらず、「外国でひとり親で頑張っているのだから」このくらいの結果でも満足しないと、とか、「外国でひとり親で頑張っているのだから」この仕事ができなくても仕方ないよな、とか、「外国てひとり親で頑張っているのだから」こどもに色々してあげられなくてもオレはちゃんと子育てできいるから偉いものだ、という発想になり、どこまでいってもひたすらまったりとした何も生み出さない生ぬるい言い訳が続く、つまり、生産的ではなく何も意味がない、と気づく。
できない理由、やらない理由はすぐに見つかるけれど、できる理由、やれる理由を探し出さなければ何も始まらないのだ。
ということで、ゲーリークーパー的なオレはとりあえず机を片付けて、最後のチャンスである来年6月に出すR01の用意を始めたのであった。
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