The 100-Year Lifeはまだ読んでいてようやく最終章。本の感想は後ほど書くつもりで、まあ、つまり、我々の世代は95歳くらいまで生きる(生きてしまう)ので、そのつもりで人生設計しておかないと大変なことになりますよ、という内容である。ちなみに我々の子供の世代は105歳まで生きる(生きてしまう)ことになる、らしい。
親の世代を見て、漠然と「65歳くらいで退職かな」なんて思っていると、退職後、30年間仕事なしで生きることになる。30年がどのくらいのスパンかと言うと、私の場合は今から30年前はまだ高校生である。あの時代から今までの年月を、年金と貯蓄のみで食いつないでいくことを想像するとぞっとする。なので、80歳くらいまでは働く必要があるし、働きたい。
とはいうモノの、超奇跡的ウルトララッキーでファカルティになることができれば70歳過ぎてもラボを運営することは可能だろうけれど、そうでなければ、いつまでもポスドクを続けるわけにはいかず、また企業に行っても65歳くらいで現場の仕事についていくのは難しいだろう。つまり、60歳くらいを目途に自分の手で稼げる且つやりがいのある仕事を見つけないといけない。
こうやってブログをショボショボ書いているのも将来に備えたトレーニングでもあり、私は文章を書くのが好きなので、何かしらの形で書くことを仕事にできないかと考えているわけである。理想的にはサイエンスの事柄と書く作業をリンクさせることができたらと。バイオテックに移ることになれば、吉村昭や司馬遼太郎のノリで業界のことをレポートできたら読み物として面白いかも、とか、日本版マイケルクライトン的なアプローチもいけるのではないか、と、アラフィフのおっさんとは思えないフワフワしたことを考えているのである。なんてことを考えていて、このままレッドオーシャンで溺れそうだよ、ははは。
現実的には、もしかしたら大学へ再入学して何かしらの学位と資格を取るのが良いかもしれないと思っている。こちらはオンラインカレッジが段々と盛んになってきて、ロースクールやMBAもオンラインで提供されている。すげー高いけれど。私は心理学とかカウンセリングとかに興味あるので、調べてみると、5年コースで完全オンラインの大学がかなりある。ネットで1つ1つ履修していくスタイルである。単位ごとに授業料の支払いをする。月に250ドル程度なので、まあなんとかなる範囲。
カウンセリングの職はあまりサラリーが良くないらしいけれど、戦略をもって資格をとり、あとは自分の経験を生かして、少しずつ仕事を始めていけば何とか生活するのに困らない収入を得ることはできるのではないか。そして、軌道にのれば自前のオフィスを持つことができて、年齢に関係なく仕事をできるのではと考えている。ちゃんと調べていないので何とも言えないが。
いずれにしろ、95歳まで生きる(生きてしまう)ことを前提にすると、昭和世代とデジタルネイティブ世代の過渡期にいる我々は生きていくための戦略が絶対に必要になる。昭和世代のように年功序列で会社を勤め上げて退職金をがっぽりもらい年金をがっぽりもらい80歳まで悠々自適に暮らすこともできず、子供のころからネットで無限の可能性を与えられつつもバブル後の社会で質素に暮らしてくことに抵抗感がない世代のようにはいない。だって気づいたら40代で養う家族がいて仕事の方向性も決まっているんだから。いやぁ、うちは実家が資産家なので働かなくてもいいんですよね、というわけにもいかないだろう。仕事を終えて子育てを終えて、まだ30年もあるのだから、生き甲斐が必要になる。毎日ゲートボールをして30年間過ごすのは楽しくなさそうじゃんか。結局、なんらかの形で社会とつながり、別の世代と色々な形で接点をもたないと、生きている意味を見失うのではないか、と思ったりする。(つまり、こう考えると、70歳のカウンセラーが社会的に意味が出るのではないかと思い、仕事として成立すると予想するわけだ。)
過渡期というのはつまり誰も何も経験がないので、混沌としているということイコール可能性を秘めているということでもある。なので、このレッドオーシャンを頭を使ってひたすら泳いでいけばブルーオーシャンに辿り着けるのではないかと考え、試行錯誤を繰り返す。
という感じで100年人生について考えたことや得た情報や自身の行動を書いていこうと思っています。アラフィフっていってもまだ人生半分だ。先は、長い。お互い頑張って人生のブルーオーシャンにたどり着きましょう。
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