2017年1月20日金曜日

未練タラタラのLose Yourself

未練タラタラである。

朝、レビューの作業。下書きを8月末に終わらせ、4か月ボスの机の上で肥しになっていて、最近復活したレビュー。久しぶりにじっくりと読むと「これは、とても、面白い」と思うのであった。モデルの図を4つ載せる予定。で、グラントと職探しに使っているリサーチプランから拝借して図3と4はすぐに完成。今朝は図2の作業だった。このレビューは我々の研究成果をまとめた格好になっており、私の過去10年の業績、ファーストオーサーペーパー4報、セカンドオーサーペーパー1報、コレスポペーパー1報、現在書いているペーパー1報、グラントのネタ、と盛りだくさんである。そして、改めて見ると、この10年間色々とあったけれどコツコツと研究成果を積み重ねてくることができたのが良く分かる。それだけ厚みがあるのだ。そして、この研究は、10年かかってようやくここまで準備ができて、ようやくこれから始まる段階なのである。

研究を続けないという未来を自分で積極的に洗濯した場合、オレは将来100%後悔するだろう。1000%かもしれない。

研究が行き詰ったとか、情熱が無くなったとか、自分の能力の低さに嫌気が差したとかではないのである。やるべきネタはたくさんあり、論文も順調に出ていて、やる気もあるのである。ではどうして研究を続けることができないかも、と考えるのかというと、「いつまでもポスドクはみっともないじゃん、社会的にありえないでしょ」と思うからである。
もちろん、そうやって狭い視野で物事を考えないで、ダメな場合でもまた新しいことが待っているでしょ、という考えもあるけれど、少なくとも自分から積極的に「ダメな場合」を選ぶ気にはなれない。

なんていう考えを堂々巡りで繰り返しているような気がして、いい歳をしてオレはまったく、と思うのだけれど、まあそれがオレなのだから仕方ありませんな。

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