読書が好きで、ジャンルにこだわらずに手に取るようにしている。なので、ラノベ、なんかもたまに読んだりして、多くの場合は、そのスッカスカの文体に途中で飽きて、ドストエフスキーの小説よりも集中して読むのが難しくなるのだけれど、たまに、たとえば、ビブリア古書堂の事件手帖シリーズなんかには夢中になる。
昨日、漫然とユーチューブを見ていると、リコメンドでOregairuという日本のアニメが右の欄に登場しているのに気づく。興味をもってクリックすると、萌えキャラが出てくる学園ラブコメが始まり、いやいやそんな歳じゃないんだよ俺はさ、と萎える。が、「四月は君の嘘」あるいは「灰と幻想のグリムガル」に打ちのめされた経験がある私は、そこで少し我慢してOregairuを見続けたのであった。
予想通りに、冴えない男子高校生が主人公のラブコメで、私が観た回は、萌えキャラ的な後輩に無理やりデートに誘われて、、、、という展開であった。萌えキャラ後輩は当然ミニスカートであり、典型的なパターンである。が、会話が始まると、その切れ味のある、また登場人物の微妙な心理状態を表した言い回しに、一気に引き込まれた。
この回は、駅の近くのモールに行き、他愛もない会話をしながら買い物をしたり食事をしたりするだけなのだけれど、「これはセンスあるなぁ」と思うやりとりが続く。慌ててグーグルで検索すると、Oregairuは「やはり俺の青春ラブコメが間違っている」の略の「俺ガイル」で、原作はラノベだと知る。で、俺ガイルは2015年と2016年の「このライトノベルが凄い」で2年続けて1位を獲得しているのだと。もちろんこういうランキングが全てはないが、やはり、面白い作品で評価を受けているのだと、納得したのであった。
アメリカにもティーンノベルはあり、最近の流行りはバンパイアもの。で、日本のような「軟弱」なストーリーではなく、美男子と美女が戦いの中で愛し合っていく的な展開である。おそらく日米の文化の違いなのだろう。私は、アメリカも日本も各社社会だけれど、その受け止め方が少し違うのではないか、と思っている。どういうことかというと、アメリカでは「勝たなければダメだ、負けたら終わり」という発想で、日本では「勝たなければダメだ、でも、負けなければ良いかもしれない」という発想。最近のラノベブームは、こういう社会状況があるからではないかと思ったりするけれど、ブロブを書きながら思いついたことなので、超適当な考察であることは認めます。
どうでもいい高校生活の一コマを切り抜き、それをテコにして、登場人物たちの心の有様を描いて見せる、というのは、かなり高度なテクニックであり、ラノベはその良い装置になっているのだろう。「心の有様」を描くと、その先には登場人物たちが暮らしいる世界が見えてくる、つまり現代の日本社会である。俺ガイルはそれがとても上手にできているのだと思った。
ということで、アメリカの中西部に住んでいるアラフィフの独身オッサンは、今日から少しずつ俺ガイルを楽しんでいくのである。
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